あばしりオホーツク流氷まつり

メイン像について

毎年、網走を代表する観光施設がメイン雪像になっています。(第51回~)
(第50回までのメイン雪像は、毎年テーマを設けて制作)

第52回あばしりオホーツク流氷まつり(平成29年2月10日~12日)

【網走市立郷土博物館】

 網走市立郷土博物館の建物は、北海道の建築家のパイオニアと呼ばれる「田上義也氏」の設計で、建築資料としても大変貴重な建造物であります。平成28年11月に、開館から80周年を迎えたことからメイン像のテーマとしました。

第51回あばしりオホーツク流氷まつり(平成28年2月11日~14日)

【博物館 網走監獄】

 平成27年度に博物館網走監獄の旧網走刑務所建築物である2群8棟を含む10件の建造物が文化審議会を経て重要文化財に指定することが文科大臣に答申され、重要文化財に指定される予定となりました。このことから網走を代表する観光施設であり、貴重な文化財でもある網走監獄をメイン像のテーマといたしました。メイン像はステージの背景となることを考慮し、指定される建築物ではないものの博物館の正門とし、北海道開拓の歴史と網走刑務所の歴史を物語るニポポと五寸釘寅吉を配置いたしました。

第50回あばしりオホーツク流氷まつり(平成27年2月7日~11日)

第50回あばしりオホーツク流氷まつりメイン雪像制作テーマ
モヨロの民(4部作) ロセトの祈り(第4話)

イカシは静かに祈りの手をほどいて

「なに、ロセトが見えなくなった―ではあの優しい娘は荒ぶ海神をなだめに行ったに違いない。」と、立って沖を指さして「見よ。あの波間に浮かぶ黒豆のようなものを。あれがロセトだ。健気にもロセトは一身を殺してコタンを救うために海へ飛びこんだのだ。あの優しい強い心にきっとコタンを救う兆をみせてくれるに違いない。おおカムイよ。」と眼をつぶって、また深い黙祷をこらしました。沖合の黒點はまだ波にもまれています。と、急に沈んだのが見えなくなりました。

 「ああ、とうとう沈んでしまった!」と思ったとたん、今度は天地も裂けるような地響きと、海がいっぺんに裂けるようなすさまじい物音がしました。

 やがて、だれよりも先に眼をあけた預言者イカシは突然、「おお見よ。みなのもの、あのワタラを-あれがこのコタンの守り岩となってくれるだろう。」と、叫びました。

 一同は驚き立ち上がって海をみると、不思議ではありませんか。今までなかった岩が川口に一つ、バイラギ濱に二つわずかに頭を海の上に出しております。

 このとき不意に一人が「あっ、水が引いて行く!引いて行く!」と叫んだので、よく見ますと、地上を埋めていた海の水がどんどん沖の方へ引いていきます。海水が引くにしたがって岩の頭がだんだん現れて、不思議や帽子形の岩になっていきます。

と、その時です、その岩陰からバタバタと一羽の白い鳥が飛びだして「チパシリ、チパシリ」とやさしく鳴きながら一、二度岩を廻って、はるかバイラギ沖の方へ飛んでいきました。

 バイラギ岬の先には、今生まれたばかりの岩が二つ仲良く並んで立っています。白い鳥はその岩の廻りをまだ飛び廻っています。

 これを見たイカシは喜びの色を顔いっぱいに浮かべて「おお、あの白い鳥こそ優しい娘ロセトの生まれかわりだ。おお聞けあの白い鳥の鳴き声を-チパシリ、チパシリと鳴いている。あれこそ我等の見つけた岩だ。あの岩のあるかぎりこのコタンはいつまでも栄えてゆくのだ。平和であるのだ。」と高らかに叫び桂ヶ岡のチャシをぐるぐると廻り歩きました。一同も手をつないで、その廻りを取り巻いて喜びの歌を歌いつづけました。

 雨はすっかり晴れ渡り、さしも荒れに荒れた海もおだやかな凪となって、おりから射す夕日に赤く染まった白い鳥は「チパシリ、チパシリ」と鳴き続けながら海の上をあるいは高く、あるいは低く岩から岩へ飛び廻っていました。

 それから、このコタンをチパシリと言うようになったということです。
※参考資料 故 米村 喜男衛 氏 原作 「チパシリ物語」(網走町小学郷土讀本 昭和十二年刊)

第49回あばしりオホーツク流氷まつり(平成26年2月8日~11日)

第49回あばしりオホーツク流氷まつりメイン雪像制作テーマ
モヨロの民(4部作) 勇者の争い(第3話)

ある日のことです。
 その日は朝からいつもより雨が強く降っていました。この日の昼過ぎ、誰ともなく、沖に二間もある大きな白い魚が泳いでいるのを見つけました。コタンは大変な騒ぎになりました。
 そして「あれはカムイチェブだ、あれを取った者こそほんとうにコタンの勇者だ。」とまで言いふらす者が出てきました。
実際その魚は、非常に大きく、白くて丁度カレイのような幅の広い魚で、遠くから見てもたしかに二間近くはありました。
 そこで、コタンの人達はきっとあの二人がこの事でまた争うに違いないと思いました。
桂ヶ岡の祭壇で祈りをしていた預言者イカシはこれを聞いて、
「それは大変だ!この荒れに魚を捕るなんて、それこそ二人とも命をなくしてしまう。誰か止めてこい。」と、人をやって止めさせようとしますと、一人の若者がかけて来て「イカシ様、たいへんです、たいへんです。ノッカもシマカも海へ飛び出してしまいました。あの白い魚を捕ると言って!」と息せき切って告げました。
「なにっ!もう海に出た!どれ、どれ。」
と、背伸びをして桂ヶ岡から沖を見ますと、ポンモイ岬の近くで大うねりの波にもまれて、小さな丸木舟を操っているのはたしかにノッカ、そして遠くバイラギ浜の方に豆粒の様に見えるのはきっとシマカに違いありません。しかし不思議なあの白い魚は、どこをどう泳いでいるのか流れているのかちっとも見えなくなっています。
 雨はますます強く、波はますます荒れて来ます。それでも二つの丸木舟はしだいしだいに近づいていきます。
 ものすごい波の音、
「あったいへんだ!あんなに大きな波が!」
と、だれかが叫ぶとたんに
「ゴー、ゴッ」
というものすごい音がしたかと思うと、天にも届くように海水が一度に噴きあがりました。
 みるみる海水は林を埋め、小さな丘を埋めていきます。もちろん二つの丸木舟などはどうなったのか見当たりません。 「おお、たいへんだ!津波だ、津波だ!これじゃコタンは水浸しだ。」
と、一同青くなりました。
「鎮まれ、鎮まれ。この上はカムイ様のお力じゃ。祈るより他に道はない。」
 預言者イカシは一同を励まして、カムイに祈りをこらしました。そのしるしが現れてか、さしもの荒れもややおさまり、雨は小降りになって来ました。そして消えそうになっていたかがり火も勢いよく燃え上ってきました。
 そこへあわただしく
「たいへんです。ロセトがみえません。どこへ行ったのでしょう。」
 半ば気が狂ったようにロセトの母親イパンローが転げこんできました。
 一同ははっとしてたちあがりました。

※参考資料 故 米村 喜男衛 氏 原作 「チパシリ物語」(網走町小学郷土讀本 昭和十二年刊)

第48回あばしりオホーツク流氷まつり(平成25年2月9日~11日)

第48回あばしりオホーツク流氷まつりメイン雪像制作テーマ
モヨロの民(4部作) カムイチカプの預言(第2話)

コタンの多くの者は、ノッカもシマカもコタン一の勇者になりたいと互いに競うようになりました。

あるときは熊を捕った数を、あるときは鮭をとった数この勝負が面白いので、長く続くようにと願っていました。

しかし、コタンの預言者イカシだけは、困ったことだと心配していました。

イカシはコタン一番の長老で何事もでも言い当てるという偉い預言者でした。

イカシは近頃しきりに樹林に来て鳴くカムイチカプの鳴き声から、近いうちにコタンに大事件があることを知りました。

「困ったことになった。このコタンも近いうちに亡びてしまう。コタンを背負って立たねばならぬノッカもシマカも、ああして争っていては所詮このコタンは救われない。どちらが勝ってもただでは済むまい。しかしコタンが亡びる大事件とは一体なんだろう。」

さすがに賢いイカシではありましたが何であるか一向見当がつきませんでした。

とうとうその年も秋になってしましました。
 
コタンの谷地の樹林では、毎夜のように、カムイチカプが気味の悪い鳴き声を立てています。

預言者イカシは、
「いよいよこの秋だぞ。このコタンの亡びる大事件の起きるのは―。」
と毎日コタンのチャチャ達を誘って桂ヶ岡のチャシに祭壇を設けて、カムイ様に祈りを捧げました。
 
その年の秋は不思議に漁のない年でした。そして雨ばかり降って、三・四日降ってはちょっと止みして、青空はちっとも見えませんでした。

川の水も海の水も日増しに増して、どこまでが川か、どこまでが海か、網走湖までは一面にずっと水続きになってしまいました。

※参考資料 故 米村 喜男衛 氏 原作 「チパシリ物語」(網走町小学郷土讀本 昭和十二年刊)

メイン像の原画と粘土模型

第47回あばしりオホーツク流氷まつり(平成24年2月10日~12日)

第47回あばしりオホーツク流氷まつりメイン雪像制作テーマ
モヨロの民(4部作) ロセトの恋(第1話)

よほど前、和人が一人もいなかったずっと昔、網走の地は、海がもっと深く入り込み今の仲通や車止内(くるまとまない)まで潮が満ちておりました。

そして、ヤチダモの林や葦原(よしはら)が一面に続いて、鹿や熊や狼などもたくさん住んでおりました。

そして、アイヌ達は今の新橋附近の丘とニクルの丘に分かれて住み、一年の半分は狩、半分は漁をして暮らしておりました。

その頃ニクルに、ロセトという美しいアイヌの娘が母親のイパンローと二人で仲良く暮らしていました。

ロセトは気立てが優しい上にたいそう美しかったので、方々からお嫁にのぞまれていました。

しかし、コタンには、ノッカとシマカというすぐれた二人の若者がいましたので、コタンの者達は、ロセトのお婿さんになるのはこの二人の中の一人に違いない、コタン一の強い若者がコタン一美しいロセトをめとるのは自分達のあがめているカムイ様のおぼしめしだと信じておりました。

ノッカもシマカもたいへん賢い若者でしたが、いつの間にかコタンの勇者になりたいと互いに競うようになりました。

あるときは熊を捕った数を、あるときは鮭をとった数を競いましたが、しかしどちらも毎年取った数は不思議に同じで中々勝負はつきませんでした。

※参考資料 故 米村 喜男衛 氏 原作 「チパシリ物語」(網走町小学郷土讀本 昭和十二年刊)

メイン像の原画と粘土模型
今回は竪穴式住居で子どもたちが遊べるデザインになっています

第46回あばしりオホーツク流氷まつり(平成23年2月10日~13日)

第46回あばしりオホーツク流氷まつりメイン雪像制作テーマ
「二ツ岩の怪鳥と勇者」

大昔、川向の川岸に岩穴があった。同じ岩穴が海岸にもあって、この岩穴はつながっていたと言い伝えられている。

この海岸の岩穴に「ヒウリ」という怪鳥が住んでいて、付近にある二つ岩の上に翼を休めていては、下を通る獲物を狙っているのを見かけることがあった。

ある時のこと、この下を子供を背負った女が、港の方へいくために通ったところ、突然ヒウリが現れて、アッという間に親子もろともさらわれてしまった。

可愛い子供と妻をさらわれた父親は、部落の男五人と一緒に人をも食うといわれている「エぺタム」という宝刀をもってヒウリがかくれた洞窟に入って行った。

途中までいくと穴が二つに分かれていたので、三人ずつ分かれて進んで行くうち、一方の穴を進んだ人たちは何者にもあうことなく、網走川の岩穴に出てきた。

エペタムを持って別の穴に入って行った三人の方には、どんな惨劇が行われたかしらないが、ついに一人も戻ってくることがなかった。

しかしそれっきりヒウリの姿も二つ岩に現れなくなった。

メイン像の原画と粘土模型

第45回あばしりオホーツク流氷まつり(平成22年2月11日~14日)

第45回あばしりオホーツク流氷まつりメイン雪像制作テーマ
ポ ン モ イ 物 語

浜小清水付近の海岸に蒼琩(アオシマナイ)というところがある。
これをアイヌ語ではシュマオイ(石のあるところ)といい、この付近は砂浜ばかりなのにそこにだけ石があるのでそう呼ばれている。

昔ここに悪魔がいてたくさんの石を持って来てやな簗(やな)をつくり、知床の方から網走の方面に行く魚を停めようとしていた。

天地を創造した「モシリエペンケカムイ」がそれを見つけて、弓で魔人を追いはらい石で作りかけていた簗の半分を知床の先にあげ、あとの半分を網走のポンモイにあげた。

これが柱状節理となり今でもその姿を見せ、眼下に広がる海に、鮭やマスが毎年ふるさとの川に戻り、豊かな漁をもたらしていることを見守っているのである。

メイン像の原画と粘土模型

第44回あばしりオホーツク流氷まつり(平成21年2月6日~8日)

第44回あばしりオホーツク流氷まつりメイン雪像制作テーマ
ノ ト ロ ト ウ (沼) 物 語

昔、ノトロ湖が入り江であったころ、オホーツク海に怪魚が出没し、魚を食い荒らすばかりか、漁に出ている人たちにも危害を加えた。
コタンでは、何度となく怪魚退治を繰り返すが、怪魚はあまりにもどうもうで、かえって犠牲者が増えるばかりであった。

コタンの娘セシタラの家でも働き盛りの兄二人までが漁に出て帰らず犠牲になった。
ある夜のこと、悲しみにうちひしがれたセシタラは、思いあまって、海の神シャチに怪魚の退治をお願いして海に身を投じた。

そのとき、海面がにわかに波立ったと思うと怪魚がのたうちまわり、見る間に入り江が砂丘でふさがりノトロトウ(沼)ができた。

やがて沼では、海の神シャチを父に、美しいピリカメノコ・セシタラを母に魚たちが生まれ、世界中にいる魚全部が、ノトロトウから生まれていったものであると言い伝えられている。

色々な魚がここに生息し繁殖した湖では、昔は海に出る口が魚の群れでふさがり、6~7年も開くことがなかったほどの豊かな湖となった。

メイン像の原画 ここから壮大なメイン像の制作が始まる