網走ロケーションガイド
ロケーションデータベース網走を知る網走とクリエイターたちオンエア情報
フィルムコミッションロケエピソードロケ地を訪ねるフィルムサポーター ホーム

『網走番外地』編
「監獄」「酷寒」‥網走のイメージを決定付けた作品

網走番外地イメージ

製作:東映(東京撮影所)
公開日:1965.4.18
監督・脚色:石井輝男


元々1959年に小高雄二、浅丘ルリ子主演の純愛映画として制作された「網走番外地」だが、1965年にタイトルだけもらい高倉健の脱獄・逃亡で見せ場満載に作られたこの作品の方が当り、「網走」という地名が一躍有名になってしまった。

藻琴駅 駅舎に併設の喫茶店「トロッコ」 店の前に飾られたトロッコ

酷寒の地、北海道・網走刑務所に収容される囚人たち。最初に辿り着いたのは原野の中にポツンと建つ網走駅。これは実際の網走駅ではなく、同じ釧網線沿線の藻琴駅が撮影に使われたという。うらぶれた木造の駅舎が最果て「網走」の雰囲気にぴったりだったからだろう。
藻琴の駅舎は今も当時の面影を残しつつ、喫茶店を併設し、旅人には格好の観光スポットになっている。店の前には店名と同じトロッコが飾られ、一瞬高倉健と丹波哲郎の追走劇を思い出させるが、花壇と並んだオブジェのようなトロッコは、映画での疾走を忘れたかのようなのんびりとした雰囲気。
スクリーンでは駅のまわりは何もない雪原だが、今は住宅や店などがぽつぽつと建っている。

 

網走番外地主人公・橘真一(高倉健)を含む囚人一行は、ここから網走刑務所へ移送され森林伐採の作業をさせられることになる。彼らの足跡を追いかけ、釧網線に乗りこみ網走の駅へ向かってみよう。網走刑務所は駅からさらに車で5分ほどの川べりにある。

 

この映画では、刑務所の内部はセット、外観は実際の網走刑務所で撮影された。最近では映画やドラマでの刑務所の撮影に、博物館網走監獄が使用されることが多いが、「番外地」が撮影されたのは昭和40年。そのころ博物館はまだなかった。博物館が開館したのは昭和58年のことだ。
網走刑務所正門刑務所農場での作業網走刑務所が現在収容する約700人の受刑者の刑期はおおむね2〜3年と立看板に説明されているが、明治・大正の頃は長期・常習・兇悪・改善不能の烙印が押された重罪の受刑者が集まっていたという。まさにこの「網走番外地」のイメージだ。

網走刑務所は正門までは自由に入ることができる。門の内部はもちろん見学できないが、冬場は受刑者たちの除雪作業に出くわすこともあり、観光気分もふっとんで少々複雑な気持ちになる。
正門の向かいにあるキャピックという展示コーナーで、刑務作業で作られた木工品、焼物などが販売されている。木工品の中でも有名なニポポ人形は、網走刑務所で一括して作られている。また、ここは農園刑務所でもあるため、ジャガイモや豆などの農作物も生産している。橘たちが従事していた伐採作業はかつて行われていた道路の開削だろうか、現在は行われていない。

 

網走番外地脱獄計画に巻き込まれた橘が、手錠でつながれた権田(南原宏治)と一緒に逃げる網走湖の上。氷と雪で一面真っ白な行く手に、どんより暗い空と罪を犯した二人の男。モノクロ映画だけに鮮やかなコントラストが印象的だ。
網走刑務所は網走川と網走湖の境あたり。少し足を伸ばすとこの網走湖が見えてくる。
さらにトロッコのシーンがあり、保護司・妻木(丹波哲郎)に追われつつ、逃げた先に橘が見つけた鉄道線路は今の石北線だろうか。カメラはかなり高い位置から湖と線路を見下ろしている。
雪の網走湖湖畔を走る特急オホーツク号ルートで行くと刑務所から網走湖へ、そして刑務所裏手に戻り線路、といったところであろうか、行ったり来たりの追跡劇である。線路で鎖を切るシーンでは、権田が線路脇から谷へころげおちた先が湖ではなく、なぜか煙を吐き岩のごろごろ転がる荒地。

虚構の世界と知りつつも、撮影された場所を知っているとつい穿った見方をしてしまうが、それは地元民とここを訪れた旅人だけのささやかな楽しみでもある。

 

このページのトップへ
(c)2004 ABASHIRI CITY. All Rights Reserved.